企画広報の美穂さんに、インタビューしました! 我楽田工房を多種多様な人が集まる場にしたい

 

 

こんにちは!フリーライターの高橋です!

今回は、昨年10月にボノ株式会社に入社された藤原美穂さんのお話をお届けしていきます。

というのも、なんだか最近、我楽田工房がものすごく変化してきているんです。
数か月前からFacebookのアイコンが女性のキャラクターとなり、HPと一緒にすさまじい勢いで更新されています。
伝えられているのは、“多種多様”という言葉では表しきれないほど、たくさんの人が我楽田工房を訪れている様子。
なんだかいつも賑やかそう。

(https://www.facebook.com/garakuta.tokyo)

さらにシェアキッチンは使いやすく整理され、イベントスペースは優しい緑色に塗り替えられました。
ほかにも変化はたくさん。これらの秘密はどうやら、新しく入った社員さん・藤原美穂さんにあるみたいなんです。

そこで今回は、我楽田工房の大きな変化の立役者であり、主に企画広報を担当している藤原美穂さんを取材。
これまでの経験を振り返ってもらいつつ我楽田工房の魅力を伺い、美穂さんの持つ想いに迫りました。

1・大好きな映画の仕事 営業で培った「対話力」

「初めて一人で映画館に観に行った映画はジブリの『魔女の宅急便』でしたね。」

最初に話してくれたのは、はじめて就職した会社にまつわる、子どものころの思い出。小学生だった美穂さんにとって、テレビで放送されていた映画は特別なものでした。

「毎週末、夜9時になると家族が自然とテレビの前に集まり、お茶を飲みながらワイワイと団欒で映画を観る。今のように映像配信もなかった80年代前半、身近に触れる外国文化は狭い世界しか知らない自分にとって大変刺激的でした。懐かしい思い出ですね。」

やがて大学を卒業した美穂さんは、映画の配給会社へと就職。小学生の美穂さんを釘付けにしたテレビでの映画放映権に関わる仕事を始めます。営業部に所属し、銀座周辺の会社を訪ねて回る、忙しくもありやりがい甲斐のある、充実した日々が始まったのです。

「営業の仕事では人と『対話』して関係を築く大切さを学びました。例えば、テレビ局の営業へ行った1時間の中で、
映画の話をしているのは10分くらい。あとの50分は映画と関係のない世間話で盛り上がるんです。
でも私は、その世間話の時間をとっても大切に感じていて。というのも、映画の購入を最後に決めるのは、
目の前の『人』なんですよね。なので、重要なのは『会社と会社』ではなく、『私とあなた』という個人の関係性を
つくりあげること。対話を繰り返し、相手を知り、信頼関係を築く。ある意味、今の活動に基礎になっている部分です」

会社員時代の取引先の方とは今もプライベートでの関係があるという 
我楽田工房での活動では、その方娘さんが手伝ってくれる場面も

2・社会との接点のなさが生む不安、張り合いのない日々

その後、映画の配給会社から広告代理店へ転職。出産を機に退社し、社会から離れる道を選びます。

正社員で働きながら子育てをするライフスタイルを思い浮かべていた美穂さん。しかし現実は厳しいものでした。

「実際に仕事を始めてしまったら家事と育児に支障が出てしまうかもしれない」

両立への不安が、美穂さんの社会復帰を阻んだのです。その後11年間、美穂さんは主婦活動に専念することになります。
限られたコミュニティでの生活から、次第に社会との接点が減っていく日々。毎日は張り合いのないものへと変わっていってしまいました。

「子どもが中心の生活をしていくうちに、だんだんと社会のニュースが他人事になっていきました。」

「『(子どもの名前)のママ』と呼ばれることにも違和感を感じていました。『私』はどこに行っちゃったんだろうって。」 

「育児後に就職できると確約されているなら、悩まずに育児期間を楽しむことができたと思うんです。でも現実は違うと分かっていたので、常に漠然とした不安に包まれていました。」

そんな日々に、転機が訪れます。妹さんと趣味の延長で主催していたパン教室にファンが増え、自宅でやるには
手狭になってきたため、シェアキッチンを探すことになったのです。そうして出会ったのが“我楽田工房”。
やがてパン教室は、地域住民やママ友により、毎回満員となるほどの大人気教室となりました。

「人と話すのも好きで、料理も好き。久しぶりに社会と触れ合えた気がして、とても楽しい、夢のような日々でした。」

パン教室Tsumugiでの交流の様子

3・地域の『繋がり』の大切さを実感した我楽田kids工房  

順調だったパン教室で、不安な気持ちも解消されたのも束の間。
2020年3月、コロナウイルスの影響から緊急事態宣言が発令されます。
発令されたの金曜日の夕方。

「突然月曜日から学校がないなんて、両親が働いている親の子供はどうなってしまうの?と衝撃でした。娘の友達の顔が浮かんで自分に何かできないかと……」

そうして始まったのが我楽田kids工房でした。緊急事態宣言中、親御さんが働きに出ている家庭の子どもを
我楽田工房で預かるサービスです。

我楽田kids工房の様子は文京区の新聞・文京経済新聞にもとりあげられた

https://bunkyo.keizai.biz/headline/687/

最初は、勉強も食事作りもほぼ美穂さん一人でこなす日々。精神的にも肉体的にもかなり大変な運営だったといいます。

しかし、日を追うごとにパン教室の生徒さんが本を読みに来てくれたり、ママ友がお米や野菜を寄付してもらったりと、周囲が手を差し伸べてくれるようになります。

「十数年の専業主婦生活で何気なく築き上げてきた人脈、地域の方とのつながりの貴重さを学びましたね。」

と、美穂さんは当時を振り返ります。

やがて、我楽田kids工房が活動を終了。パン教室Tsumugiはコロナウイルスの影響で活動中止となっており、
美穂さんは社会と接点のない漠然とした日々に戻りつつありました。

再びつながった社会と関係性を繋ぎとめようと、美穂さんは就職活動を開始。これまでの経験を活かし映像方面の会社を
50社ほど応募しますが、全て落ちてしまいました。

「やはり11年のブランクが大きいのかなって思いました。『育児をした経験をキャリアとみなしプラスに考える企業、
社会構造がなぜないのか?』と憤ると同時に、どこも受からなかったことに『自分はなんて価値のない人間なんだ』と
落ち込んでしまいました。」

そんなときに舞い込んできたのが、我楽田工房・ボノ株式会社の社員採用の話。パン教室でのSNSを使った広報活動の能力を代表の横山さんが高く評価したのです。現在は、ボノ株式会社の正社員として、我楽田工房の広報とギャラリー整備、地域に根ざしたコミュニティづくりを任されています。

4・我楽田工房を、ママの能力が活かせる地域の駆け込み寺に 美穂さんの掲げる目標とは?

最後に、我楽田工房で美穂さんが目指していることを伺いました。

「正直、まだ、もやっとしていますね(笑)。コミュニティスペース運営はちゃんと機能させるのに10年はかかると聞いたことがあります。“ちゃんと”といっても、成功の形が決まっているものでもないと思うのですが……。
ただ、我楽田工房のある文京区には能力が高いママが沢山いるのに、それを地域資源として考え、地域に活かしきれていない事実があり、とてももったいないと思うんですよね。主婦の経験がキャリアにとってプラスであって欲しい。
「好き」や「得意」という自分の能力を地域活動の中で発揮して必要なお金を稼ぎ学ぶことができる場所にしたいんです。」

日々、ギャラリーを訪れる様々な人とミーティングを重ねている

「もうひとつは我楽田工房を地域の方々の駆け込み寺にしたい!と思っています。子育て中の方、お年寄り、子ども、大学生など世代や性別や立場など多様な方々が、いつでも対話に来れるように扉を開いておきたいのです。『今のままでいいのかな?』というモヤモヤした気持ちを吐き出しに来てほしい。『あなた』は特別で、その『あなた』しか出来ない 社会への繋がり方は必ずあるってことを、我楽田工房で体感、実感できるようになってもらえたら最高ですね」

5・取材を通して

社会と接点を持てない怖さを知っているからこそ、成し遂げたい美穂さんの目標。

美穂さんの想いのもと、我楽田工房には様々な変化が起こり、これまで以上にたくさんの人達が利用してくれるスペースとなっています。どんどんと、予想もできない新しいなにかがはじまってくことでしょう。

これからの我楽田工房の様子が楽しみですね!