「飲み会を会費制にしたことが、コミュニティを維持する力を弱めた」という仮説

こんにちは、我楽田工房の齋藤(和輝の方)です。
昨日はイベント「我楽田夜話 第3話 祭とうた」を開催しました。

イベントページはこちら

その時に登場した、一番印象深かった言葉がタイトルにも書いた

飲み会を会費制にしたことが、コミュニティを維持する力を弱めた

という仮説です。
全然イベントのテーマの「祭」と関係なく見えますが、超関係あります。
せっかくなので我楽田工房のブログでその話を書こうと思います。

幹事が「誰が何円払うか」を決められる状態

もしも自分が飲み会の幹事だったとしたら、
終わり際の大仕事のひとつに
「誰に、いくら払ってもらうか」を決める
があります。

その計算方法は大きく分けて2種類あります。

1つは明朗会計。会費制にしたり割り勘にしたり。
平等な金額を決めて徴収する方法です。

もう1つは、幹事が一人ひとり何円払うかを決める方法。
これは腕のいい幹事がいると、全員が平等な満足感を得ることができます。
腕が悪いと不満しか生まれませんが…

コミュニティを維持するためには、
「誰が何円払うか」を幹事が決められる状態であること
が大切なのではないか?

というのが冒頭の仮説の意味です。

例えば
・この人は企業の社長で稼いでいるから多めに
・この人は最近、結婚したばかりで何かと入用だから少なめに
・彼はまだ学生だから、ちょっとだけ
などなど…

でも、そんな全員が満足する「金額」を決めるなんて難しいじゃん。

そう、難しいんです。

祭の参加

少し話を「」に寄せてみます。

祭の機能には、
例えば成人式という祭には「子ども」が「大人」の仲間入りをする、
という人間関係の更新機能があります。

それは、コミュニティを維持するための貢献や負担の変化でもあります。

例えば
「あなたは成人になったのだから、コミュニティのために消防団に入るべき」
とかとか。

平等な負担とは、
全員が一律の負担ではなく、
その人ができる範囲の中の負担であること。

お金持ちはより多く払い、
お金のない人は少なく払う。
そして、貧乏人はほどこしを受ける。

誰がどの程度の負担(もしくはほどこし)なのかは、
コミュニティの中の関係性で決まる。
これ、飲み会の支払いを幹事が決めるのに似ていませんか?

イベントの参加費をどうしようか問題

冒頭の仮説に戻ります。

「飲み会を会費制にしたことが、コミュニティを維持する力を弱めた」

さて、これがどうやら正しい可能性があるようだ、というのが我楽田夜話第3話の話(の一部)でした。

ここで僕が悩み始めたのが、
イベントの参加費をどうやって決めようか
という問題です。

「我楽田夜話」シリーズはコミュニティデザインを実験するイベントです。
イベントのテーマや、イベントの進め方そのものに「コミュニティデザイン」の実験的な要素が入っています。
あんまり大きく打ち出していませんが…。

今は、参加費を「投げ銭」にしています。
(我楽田工房では普通の会費制のイベントもやってます)

これは、
イベントの満足度に応じて自分の払える金額を好きなだけ払ってもらう
という実験です。

ただ、これはイベントという「サービス」の対価の支払いの延長を抜け出せていません。
「サービス」になってしまうと
「サービスする人」

「サービスを受ける人」
に分かれてしまいます。

僕が目指すコミュニティデザインは、
一方的にサービスをする人もされる人もいない状態
つまり、その場をつくるために全員が貢献して全員が享受する状態です。

そう考えると「投げ銭」というデザインでは機能不十分だったのです。

なんてこった。

もっと「コミュニティを維持するための支払い方のデザイン」が何かあるはずです。

何かはまだわかりませんが…

我楽田夜話 第4話の内容や時期は決まっていませんが、
次はもう少し「参加費」の設定の仕方を工夫してみようと思います。
どうなるかわかりませんが、どうぞお楽しみに!

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